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吉野は昔から、歴史の舞台となってきた地です。山水に恵まれ、紀州、伊勢、京都・奈良、熊野への通が交わる交通の要所でもあり、早くから拓けてきました。 古来より山岳信仰の場として崇められていましたが、奈良時代初めに、役行者が金峯山(吉野〜大峯)に修験の霊場を開き、その後、吉野は中世にかけ日本一の修験道のメッカとして隆盛をきわめていきます。 往時には尾根すじに、百数十もの堂塔が軒を連ねていたとか。 その僧兵はやがて吉野大衆とよばれる強大な勢力になり、 吉野を治外法権的な地域としました。 そして彼らの力を頼って、中央への起死回生を願う人々が身を寄せ、吉野は政争の場としてしばしば歴史に登場してきます。 兄頼朝に追われた源義経、不運の南朝後醍醐天皇等々。下って明治の神仏分離の際まで、山上の一大宗教都市は続きました。 数々の歴史の跡は山中のいたるところに残り、かつてここで繰り広げられたドラマはロマンとなって人々をいまなお、吉野へ誘ってやみません。 |