吉野山保勝会賛助会
設 立 趣 意 書

よき人の よしとよく見て よしと言ひし
  吉野よく見よ よき人よく見

        天武天皇御製(万葉集)

 吉野は太古より都人の憧樟の思いを募らせる地でありました。そして、この思いに支えられ、私ども吉野人は、この地に住みこの伝統を守り伝える誇りを持つことができました。財団法人吉野山保勝会は、吉野山に残る我が国史の遺産を維持継承する事と共に、日本精神の象徴たる国花、山桜を保持することを目標に、大正五年設立されました。
 吉野山の桜は金峰山の本尊・蔵王権現の御神木として植えられたことに始まるとされ、十世紀初頭成立の 「古今和歌集」では、

み吉野の 山辺に咲ける 桜花
  雲かとのみぞ  あやまたれける

        紀 友則(古今集)

 ほか三首見られるほか序丈にも歌心を説くために引用されています。
 十二世紀には、かの西行法師を把えたように

吉野山 こずゑの花を 見し日より
  心は身にも 添はずなりにき

        西 行(山家集)

 世々の教養人、文化人の心を奪いました。
 乱世の平安を願う統治者達も又、桜花に一時の安堵を求めました。

ここにても 雲井の桜 咲きにけり
  ただ仮そめの 宿を思ふに

        後醍醐天皇御製(新葉集)


とし月を 心にかけし 吉野山
  花の盛りを 今日見つるかな
        
        秀吉(豊太閤吉野花樹会懐紙)
 桜は、人々の心を魅了したというより、日本人の心そのものであったとも言えます。

敷島の 大和心を 人問はば
  朝日に匂う 山桜花

        本居宣長(六十一才自画自賛像)
 沢山の人々に愛され、育てられた吉野山の桜も何度かの危機を経験しています。最近では、明治維新の廃仏棄釈の嵐があり、太平洋戦争後の国土荒廃時の問題がありました。私達の先人は多くの人の助けを借り時々の難局を回避することが出来ました。そして今ナラタケ菌の発見を期に奈良県林務部の調査が入り、このままでは、全山の桜が、あと十数年の命との診断を受けてしまいました。その歴史の長さ故でしょうか、ありとあらゆる桜特有の病害虫に犯されているというのです。
 もはや、これ迄続けてきた保存のやり方、私ども吉野山の住民の力だけでは、到底樹林全体を保存することは困難む状態を知らされました。今、私達は厚顔を顧みず、桜を愛する全国の皆様に、保勝会賛助会への入会をお願いしたいと嘆願致す処でございます。


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